願い事を千回唱えた夜


 ちっぽけな公園に、ブランコが軋む音が聞こえていた。
ギコ、ギコ…ぎこちない音の繰り返しは、寄せては返す波のよう。
 誘われるままに響也は脚を向け小さな門を潜る。先程別れたおデコの弁護士くんが探していた、可愛い相棒の姿を見つけ、響也は小さく息を吐いた。
 どこか飄々とした(彼女の父親に似た)雰囲気を常に纏っている少女が、子供用の小さなブランコに、身体を丸くして座っていた。
 気配に敏感な彼女が、響也がここまで近付いてもわからない辺り、普通の彼女ではないのだろうと響也は思う。特に気配を消していた訳でもないのに、背後に立っても気付かないみぬきを困った表情で眺めてから、元芸能人らしい笑顔を浮かべてから、
響也はみぬきに声を掛けた。

「どうしたんだい?」

 問い掛けの声に慌てた様子でみぬきが顔を上げた。響也は少女の小さな手がぎゅっと握りしめていた鎖の上に手を置き、何度も瞼を上下させて、吃驚した顔に微笑んだ。
「牙琉さん。」
 みぬきのしっとりと濡れた睫毛が、夕日にきらきらと輝くのはとても綺麗だったけれど、響也はその理由を思い眉を潜める。
 響也の心情に気付いたらしいみぬきが、てへと笑うのが見えた。
 それは普段通りに、屈託のないものだったが、響也はポケットからハンカチを取りだして、みぬきの頬にそっとおいてやった。
 ふんわりと柔らかなみぬきの髪が、響也の手の甲を擽り、くしゃりと撫でてやりたくなって、しかし、少女を子供扱いするのが酷く失礼な気がして押し留める。
 それでも驚いて目を見開いていたみぬきの表情は、どこかおデコくんに似ていて失笑が漏れる。最も、彼にこんな真似をしたのなら、顔を真っ赤にして怒り出すだろうけれど。

「お嬢ちゃんもおデコくんも人の感情にとても敏感のようだけれど。
 僕には気を使わなくてもいいよ。おデコくんにも、よくそう言うんだ。」
 ニコと笑う響也に、みぬきはハンカチを両手で握りしめたまま口元を覆った。一瞬肩が竦むのが見えて、響也は少女の失意の理由を推察する事が出来た。
 
「おデコくんは優しいから、気付いてしまうとみて見ぬフリも出来ないんだろうね。『大丈夫』の一点張りはちょっと寂しいかな、友達として。」
「みぬきも友達ですか?」
「僕は少なくともそう思っていたんだけど。お嬢ちゃんは違ったのかい?」
 ふるふると頭を横にふったみぬきのの瞳からぽろりと涙が零れ落ちる。一度零れてしまうと、止める事が出来ない。俯いたみぬきが、努めて明るい声を出すのを響也は黙って聞いていた。
「…あの、ですね。気持ち悪い…言われちゃいまして。」
 てへっと舌を出した少女は、頭をこつんと叩いて見せる。
「どうして、そんなにわかるんだって…でも気持ち悪いなんて、ちょっと酷いですよね。」
 法廷で、王泥喜が被告人達の動揺を『みぬく』のを目の当たりにしてきた響也は、一度彼に尋ねた事がある。どうしてそんなにわかるんだい…と。
 王泥喜はその時こう答えた。
 真剣に相手に集中していると、自然に感じてしまう体質なのだと。
 天才に「どうして、貴方は天才なんだ」と聞いてもその理由がわからないのと同じように、王泥喜はそれを見抜くらしい。
 何処かみぬきと王泥喜は似ていた。審議をしている訳ではないみぬきが、真剣に集中してしまう相手が響也にはひとりしか浮かばない。
「好き…だったんだね。その人の事。」
 目を真ん丸に広げたみぬきの目尻が、絵の具を溶かし込んだように赤く染まった。
えと、えと、あの…そんな言葉を繰りかしてから、みぬきは改めて響也を見上げた。
「どうしてわかっちゃったんですか?」
 にこりと微笑んで、響也は種明かしをする。
「僕は嫌いな人なら見ないと思うからね。
 気になる相手だからずっと見てしまう。でも、だからこそ相手の気持ちがわかってしまう。自分では意識しなくても感じてしまう。なんて、理論を構築したくなるよ?」

 隠しておきたい自分の心情を察している相手がいるとなれば、何故と思う前に薄気味悪いと思うのが人間だ。王泥喜をそう言っていた検事仲間も知っている。
 ひょっとして、王泥喜が友人が少なく見えるのは、そういう理由なのかと思った事は響也自身もあった。ましてや、みぬきと同じ年頃の男では、少女に対する配慮よりも、自己防衛本能が強く出てしまうのだろう。

「見るな」とでも、言われたのかもしれないな…と響也は思った。
見ているだけでイイとする恋心にそれはあまりにも酷だろう。

 勿論、響也はそんな事を気にしたことはない。王泥喜は面白い男だし、見抜かれようがどうだろうが、『真実』そのものは決して揺るがない。
 それに、響也も普通の人とは一線を画した部分があるようで、その差を上手く感じとることが出来ずに疎まれた事などもざらにある。

「うわ、牙琉さんに見抜かれちゃいました。」
 そう言って微笑む少女の笑みが、愛おしいと感じる。消したくないとそう思う。
「だったら、そんな狭量な奴の事は忘れて僕を好きになるといいよ。」
 響也は驚いた表情で自分を凝視しているみぬきに向かって、顔を寄せた。指先を自分の顔に向け、片目だけ閉じる。
「視線を浴びるのは馴れているからね。それによく言われるんだおデコくんに、牙琉検事って鈍感ですねって。」
 クスクスと笑う響也につられて、みぬきも笑う。
「みぬきは、魔術師なのであっという間に大人になります。ママに似た美人になる事間違いなしなんです。」
「それは、随分と楽しみだな。」
「はい、みぬき。毎晩(綺麗になりますように)って、(魔術が上手くなりますように)の次に、お星様にお願いしているのでバッチリです。」

 特別な力は時に人間を不幸にするけれど、そうして初めて手に入るものも確かにある。

「そうだね。じゃあ、願い事を千回唱えた夜にデートをしよう。」
 みぬきは今15歳。千回唱えた頃には彼女は婚姻適齢期になる。検事としてのちょっとした配慮だ。
「牙琉さんは時間を止めて待ってて下さいね、約束ですよ。」
「約束かい? それはちょっと厳しいなぁ」
 小首を傾げて笑う響也に、みぬきは頬を染めた。
「じゃあ、みぬきが時間を止めるおまじないをしますので、目を閉じて下さい。」
 少しばかり緊張したみぬきの声に、瞼を落とせばそっと少女の気配が近付く。

 頬に落とされたおまじないは、今は未だ有罪の範疇。

〜Fin


 この二人は可愛いカップルになるのではないかと(笑 節操ないです私。
そして、どうしてこうマイナー路線に脚をツッコムのかと笑ってしまいます。
 見抜く力が無意識に出てしまうと、酷く傷つく事もままあると思う。でも、響也は自分に嘘をつくタイプの人間じゃない(と思う)ので、みぬきにも王泥喜にもお薦めです。
 私が響王を書いたら、きっとこんな弟くんになるだろうと思いマスタ。




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